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SHUNICHI KIMURA

木村 俊一

1984年入社 執行役員(交通広告部長)
JR東海の車両、駅における広告媒体(自社媒体)の開発、販売、管理をする媒体社部門である交通広告部の部長をしています。
当部が販売する媒体は、東海道新幹線の車内広告、新幹線・在来線駅のサインボード・ポスター、今や交通広告の代表的メディアになりつつあるデジタルサイネージ、イベントスペース等のSPメディアまで、ご利用いただけるクライアント様のニーズに合わせた様々なメディアラインナップがあります。

キャリア紹介
1~2
年目
入社
JTA発足前の(株)アドメディアセンターに入社、東京支店(当時)という駅メディアの管理セクションに配属、サインボードの諸作業(画面交換、点検、清掃等)の立会い、駅ポスターの張り替え等媒体管理の最前線で働きました。
・・・この時の現場経験は、今の業務にも活きています。
3~5
年目
主任
東海道新幹線の車内広告の販売・管理部署に異動、車内広告のセールス、出稿決定後は、取扱い広告代理店と連携して車内広告の意匠審査、ポスターの搬入指示、各作業会社への仕分け・発送、作業会社への作業指示、掲出後の確認作業等の業務をしていました。
・・・1ヶ月サイクルの業務だったので、1ヶ月があっと言う間でした。
6~9
年目
課長代理
JTA発足後、同部署で業務をしていましたが、取引代理店との交渉事も増えました。
その後、駅メディアの販売・管理セクションとの兼務となり、収入実績集計等の業務も担当、自部門の全体を把握出来るようになりました。・・・部下・後輩社員への業務指導を含めて先輩としての立ち振る舞いを意識するようになったのもこの頃だと思います。
10~15
年目
課長
同部署で課長となり、自分でやること、部下に指示することに業務が分かれるようになり、また、会社の根幹である自社媒体の販売・管理を任されているという責任も感じながら仕事をしていました。その後、経営計画部(後に総務部)異動となり、会社全体の事業計画の策定業務にも携わっていました。・・・管理部門を経験したことで、多方向からの視点の必要性を感じました。
16年目
副部長
次長(現在の副部長)で交通広告部に異動、業務範囲も東京エリアに加え名古屋エリアまで拡大し、施策等は静岡、関西支店とも連携して業務を進めるようになりました。
25年目
部長
・・・その後、営業三部(現在の営業開発部)の部長で5年間広告営業に携わりました。
33年目
執行役員(交通広告部長)
現在に至ります。

あなたを「いい加減」にするもの
  • 「いいかげん」にリセットできる私にとって癒やしの空間です。

最も印象に残っている仕事
  • 正直、失敗したことの方が強烈に覚えています。
    数多くの失敗を経験していますが、背中を冷たい汗がツーっと流れていく感触は嫌なものですよ。
    上手くいったと思える仕事は、2002年日韓共催のサッカーワールドカップで、決勝戦開催スタジアム最寄りの新横浜駅を中心に東海道新幹線沿線の開催地周辺駅を対象に期間中限定のメディアプランを計画、大会スポンサーに出稿いただき大会の盛り上げにも多少貢献できたことでしょうか。(当時、入社2年目の部下と連日忙しい日々を送っていました。その彼も今では営業部のTLで立派に活躍しています。)
  • 当時新人として頑張っていた部下も、今はTLとして立派に活躍しています。

会社の歴史と自分
JTA設立以前から勤務している数少ない社員となりました。社歴だけは長いので会社のたどってきた道は実体験となっています。
媒体社業務が長いですが、広告会社としての今後の成長にも貢献していきたいと思っています。

就活生へのメッセージ

会社に何かしてもらおうという人にはJTAはお薦めしません。
自分で何かしようという人ならJTAはいい会社だと思います。
就職活動は大変だと思いますが、「自分の可能性を信じて。」悔いの
残らないように。
たまには息抜きも大事です。

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